雲取山(くもとりやま)とは

雲取山山頂は東京都、山梨県、埼玉県の都県境に位置し、東京都で唯一、一等三角点があり最高峰でもあります。妙法ヶ岳(標高1332m)、白岩山(標高1921m)とともに三峰山(みつみねさん)三山の一つです。

また、三峰山は山岳宗教の霊場として三山を背景とする三峯神社を指す場合があります。

雲取山からの大展望

富士山の撮影ポイント

山頂から富士山を撮影する登山者達。雲取山山頂は広く、北側の一部を除いて展望があります。

雲取山登山口の駐車場とアクセス

アクセスの詳細は下記を参照してください。

雲取山
雲取山のアクセスと駐車場
雲取山のアクセスと駐車場

関東からのアクセスがいい雲取山

標高2,017mの雲取山は、関東からのアクセスがいい為、通年を通して多くのハイカーで賑わいます。 日本百名山にも選ばれ、多くの登山道が山頂に通じているため、技量、体力によって通年登れるのが魅力です。

ただ、数多くの登山口があるものの、どこを起点として登ってもコースタイムが長く、健脚者でなければ日帰りは難しいでしょう。

山頂直下に東京都が作ったばかりの避難小屋やトイレがあり、山頂から30分下れば雲取山荘があるので一泊の行程を組めば登山初心者にもやさしいルートになります。

山頂からの展望は良く、特に富士山が美しく望めます。

雲取山の山小屋

雲取山
雲取山荘
雲取山荘
雲取山
三条の湯
三条の湯
雲取山
七ツ石小屋
七ツ石小屋

雲取山避難小屋

山頂下の雲取山避難小屋は、東京都が管理する最近新築された大変綺麗な山小屋です。定員は20名ほどの板の間の狭い空間です。近くにトイレがありますが、水場はありません。宿泊料金が無料ということもあって、土曜日などは大変混雑する場合があります。

雲取山の地図

七ツ石山の七人将門の伝説

七ツ石山
七ツ石山

平安時代・天慶3年(西暦940年)「天慶の乱」で敗れた平将門は、朝廷からの追討軍の藤原秀郷に追われました。

平将門一行は奥多摩の七ツ石山に再起をかけて立て籠もりました。藤原秀郷は山上で将門を見つけるが、将門と思しき武将は7人もいたといいます。

藤原秀郷が成田不動を念じ、一心に祈ると、「影武者の6人は人形であり、朝に白い息を吐くのが本物の将門である」とお告げがありました。翌朝、藤原秀郷は弓を引き絞り、七ツ石山の1人だけ白い息を吐く武将めがけて矢を放つと見事に将門を射抜きました。こうして将門は滅び、7人の将門は岩に化したといいます。

雲取山の登山コース概要

雲取山-三峯神社コース

霧藻ヶ峰休憩所
霧藻ヶ峰休憩所

三峯神社前の秩父市有料駐車場の入場ゲートで500円払いマイカーを停めます。 駐車場内にはトイレと休憩所が完備しています。
駐車場の営業時間はAM8時~PM6時で、入場ゲートが閉まる時間外には登山者のために、 第二駐車場の奥にある鉄パイプ製の柵を外してあり、車の出入りできるようになっています。

西武秩父駅~三峯神社口駅~三峯神社を西武観光バスが5便(土・日・祝日および三峯神社祭事日)、平日は3便運航されています。

奥秩父の自然学習展示を目的とした三峰ビジターセンターの前から登山道が始まります。 キャノン株式会社によって整備された三峰千年の森に咲くアズマシャクナゲを眺めながら登りが始まります。
ヒノキ・スズタケが群落する森の中の鳥居をくぐります。
少し登った所で分岐があり、左手に向かえば約30分で妙法ヶ岳山頂を超えて、尾根を少し行った所に鎮座する三峯神社奥宮に至ります。

炭焼平には白炭を焼いた白炭窯の跡があり、ベンチも設置され休憩ポイントになっています。 雲取山まで登山道は良く整備され、随所にベンチが設置されています。

スズタケを林床に持つ典型的なブナ林の中の登山道は、次第に傾斜を増し、地蔵峠に至ります。太陽寺・大日向方面への分岐点である地蔵峠からは両神山・浅間山・和名倉山・三峰の展望が良好です。

雲取山へのルートはここで進路を南方向に90度変えます。

地蔵峠からアセビの林の中のなだらかな稜線を進むと、霧藻ヶ峰山頂に建つ霧藻ヶ峰休憩所に至ります。
霧藻ヶ峰休憩所の手前にはトイレがあり、その隣の大岩には秩父宮両殿下御尊影レリーフがはめ込まれています。
霧藻ヶ峰休憩所は土日休日、年末年始、ゴールデンウィークなどに営業していて、休憩料は一人300円で、お茶かコーヒーが付きます。 また、素泊まりのみですが5名まで可能です。

霧藻ヶ峰休憩所からアセビの中をお清平に向け降りていきます。 太陽寺・大日向への分岐点ともなるお清平には、三峰雲取自然研究路案内図が設置されています。

お清平からはツガ、シラビソの原生林が生い茂る狭い尾根の急坂となり、途中トラバースする所に鎖場がありますが、傾斜は緩く高度感も無いので簡単に通過できます。 急坂を登り上げると稜線上の平坦な場所に飛出し、丸太のベンチで一休みです。

ここからは稜線上を小さなアップダウンを繰り返しながら、苔むした中の緩い傾斜の登りが前白岩山まで続きます。

前白岩山から稜線をゆっくり下って行くと白岩小屋に到着です。 白岩小屋前には簡易トイレやベンチが置かれ、絶好の休憩ポイントです。水場は300m(約10分)離れた所にあるため、 あまり使われていないようです。 白岩小屋のガラスは割れ、営業していないようですが、寝具はあり避難小屋として使用可能です。

白岩小屋から白岩山に向けダケカンバの林を登ります。 白岩山山頂の登山道沿いにある休憩スポットは伊勢湾台風によって森林破壊の跡地に作られています。

白岩山から下ると長沢山への分岐点ともなる芋ノ木ドッケと呼ばれる平坦地に着きます。 芋ノ木ドッケから西側の斜面をトラバースぎみに下る区間は、日当たりが悪く、11月~4月の間は路面凍結して滑落事故が多発する箇所です。

トラバースを終え、大ダワに向け下ります。 大ダワから雲取山荘への登り返しは、並行して2本のルートがあります。 また、大ダワで分岐する大ダワ林道は2012年5月現在崩落のため通行止めになっています。

大ダワから針葉樹林帯を登り、廃屋となった雲取ヒュッテの前を通り少し進むと、雲取山荘のすぐ下にある色とりどりのテントが見えてきます。雲取山荘は、昭和3年(西暦1928年)に富田治三郎が建てた山小屋で、平成11年(西暦1999年)10月1日に新築され、大変立派な建物になっています。

雲取山荘から山頂までは急登りで、この辺りは北面の深い針葉樹林帯の為、4月下旬まで雪が残ります。
山頂に飛び出すと大きく展望が開けます。山頂からは秩父山地の峰々、南アルプス、八ヶ岳、浅間山などが望め、特に南に見える富士山は絶景です。

雲取山山頂は山梨県、埼玉県、東京都が合わさる所に位置しています。東京都で唯一、1等三角点があり、最高峰の山となっています。

コースタイム

  • 登山:三峯神社⇒雲取山 5時間20分
  • 下山:雲取山⇒三峯神社 4時間50分

難易度 1/10

体力  6/10  日帰り

② 雲取山-鴨沢コース

雲取山山頂へ
雲取山山頂が見える

鴨沢へは奥多摩駅から一日9~10本のバスが運行されていますのでアクセスは良好です。 国道411号線沿いの鴨沢バス停にはトイレが完備し、無料駐車場がありますが、約13台のスペースしかなく、土日にはすぐに一杯となってしまいます。

鴨沢バス停から杉林抜け、徒歩で30分ほど登った林道と交差する所には約60台の無料駐車場があります。
ここも土日にはすぐに一杯となり林道に路上駐車する車の列ができます。

登山口から杉林の中の単調な登りが約2時間続きます。 杉林から広葉樹へと変化し、アセビが目立つ辺りから登りが急になり七ッ石小屋に至ります。

七ッ石小屋で登山道は分岐し、トラバース道と七ッ石山を経由する道に分れ、ブナ坂で再び合流します。七ッ石山直前に平将門伝説が残る七ッ石神社があります。

七ッ石小屋で水を補給し、ブナ坂へ向かう巻き道を進むと、単調な登りから解放され、南側の展望が開けるトラバース道となります。

ブナ坂からは広く開けた稜線を、小さなアップダウンを繰り返えし、40分ほどで遭難救助・山林火災用に設置されたヘリポートのある五十人平へ到着します。
五十人平には奥多摩小屋とテント場があり、テント場から水場まで約5分です。

奥多摩小屋からヨモギノ頭を過ぎ、富田新道への分岐点のある小雲取山まで登ってくると、雲取山山頂に建つ雲取山避難小屋が見えてきます。
小雲取山から雲取山へは展望の開けたなだらかな稜線が続きます。雲取山避難小屋の建つ地点から50mほど先に山頂を示す案内版が立っています。

雲取山山頂からは北側の一部の展望は効きませんが、それ以外の眺望はよく、特に南方向に見える富士山の眺望は雄大です。

コースタイム

  • 登山:鴨沢⇒雲取山 5時間20分
  • 下山:雲取山⇒鴨沢 3時間30分

難易度 1/10

体力  5/10 日帰り

雲取山-三条の湯コース

三条の湯
三条の湯

登山口となる「お祭り」と奥多摩駅間のバスは一日4便と少なく、アクセスはやや不便です。
そこで、奥多摩駅と鴨沢間を走るバス便(一日9~10本)を使い、鴨沢でバスを降り、徒歩15分で「お祭り」へ向かうことも選択肢となります。

お祭り登山口周辺には駐車場がありませんが、お祭りから鴨沢方面に5分ほど歩いた国道411号線沿いに約12台の駐車スペースがあります。国道411号から三条の湯近くまで続く後山林道は頻繁に土砂崩れがあり、通行止めになることがしばしばあります。
詳細は奥多摩ビジターセンターで確認してください。

後山林道の道幅は狭いため、車の行き違いが困難な所が多く、しかも谷側にはガードレールがない所がいたるところにあります。土日など登山者が集中する時はお祭り周辺に車を駐車する方が無難かもしれません。
林道終点から徒歩5分ほど下に約10台の駐車スペースがあります。

林道終点から青岩谷橋を渡って登山道が始まります。
三条の湯まで平坦で良く整備された歩き安い登山道ですが、谷側は切れ落ちている箇所が多く、高度感のあるトラバース道です。

三条の湯は山間の秘湯で風情があります。一般の登山者の入浴はAM10時からとなっています。
源泉は10度と低い為、薪で沸かしています。また湧出量は4L/分と少ない為、小さな湯船が一つあるだけなので男女の入浴時間を分けています。宿泊者が多いときは、男女別々の湯船を使うようです。

「三条ノ湯」の別名は「鹿の湯」とも言われ、切り傷によく効く鉱泉として知られています。傷ついた鹿が、この湯に入り治したという地元の伝説があるようです。

三条の湯の裏から谷を渡ったトラバース気味に登る所は、冬場にはアイスバーンになるため、アイゼンが必要です。
さらに進むと登山道は水無尾根の南東側をトラバースするように付けられ、樹林帯の中にも拘わらず、日の光が降り注ぎます。
崩落地通行注意の看板が掛けられた場所を通過し、その先にある橋を渡って進むと三条ダルミです。

三条ダルミは平坦地で休憩の最適地となっている所です。また、三ツ山を越え飛龍山へと至る分岐点でもあります。50mほど上がった所に雲取山荘への分岐がありますが2012年現在通行止めになっています。
雲取山荘分岐から笹が生い茂る針葉樹林帯を登り上げれば雲取山山頂に飛び出します。

雲取山山頂からの展望は良く、特に富士山の眺望が素晴らしい。

コースタイム

  • 登山:お祭り⇒雲取山 6時間20分  ※ お祭り⇒林道終点 3時間
  • 下山:雲取山⇒お祭り 5時間00分

難易度 1/10

体力  7/10  日帰り

雲取山の日帰り登山は出来る?

三条の湯ルートは後山林道が通行できれば、車で林道終点まで入れるので、最短で登れるルートですが、林道が崩壊工事のため通行止めになることが多く、確認が必要です。道路状況の詳細は奥多摩ビジターセンターで確認してください。

後山林道が通行できても、道幅は狭く、谷側にガードレールが設置されていない個所が多いため、運転熟練者向きです。
林道終点近くに約10台の駐車スペースがあります。

三条の湯は風情のある所で、宿泊に使ってもよし、下山時に渓流を眺めながら入浴するのも一興です。
複数人のグループの場合、山小屋の送迎がありますので、電話にて確認してください。 三条の湯から南方向に向かうトラバース箇所は冬季凍結する所で、積雪時期にはあまり踏まれていません。

林道終点からのコースタイムはピストンで8時間20分です。従って日帰り登山は十分可能です。また、鴨沢コースでは8時間50分なのでこちらも日帰りは出来ます。三峯神社コースは10時間10分ほどを必要とするので、標準的な登山者は雲取山荘に宿泊するのが無難でしょう。

雲取山の登山口近く旅館

廣瀬屋旅館

多摩川源流 小菅村の旅館です。四季の素材を贅沢に使った料理を堪能できます。

春の山菜、秋の天然きのこ、自家菜園の有機野菜といった旬の恵みに加え、冬の特選「猪」「鹿」料理や清流で育ったヤマメにイワナ、仕上げは手打ち蕎麦。

雲取山登山口の小袖乗越駐車場まで18 分(11.2 km)

雲取山の天気

山の天気予報は難しい
山の天気予報は難しい

お薦めの天気予報

テレビで流れる天気予報やネットで得られる無料の天気予報は、一般的に平地を対象としたものです。 そのため、晴れの天気予報が出ていても、山ではガスってしまうことはよくあることです。 

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各種情報

雲取山登山ツアー

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登山地図のスマホアプリ

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雲取山周辺の気温

最高気温平均気温最低気温
1月-0.4-6.7-11.7
2月0.9-5.3-10.5
3月4.8-1.5-6.9
4月11.34.4-1.4
5月15.68.92.2
6月18.312.47.9
7月21.816.011.9
8月23.417.012.8
9月18.913.19.0
10月12.76.92.3
11月7.20.8-4.2
12月2.0-4.4-9.4

雲取山登山のための装備と服装

軽アイゼン12本歯アイゼンピッケルサングラスツェルト
1月×
2月×
3月×
4月×××
5月×××
6月××××
7月××××
8月××××
9月××××
10月×××
11月×××
12月×
必須:◎ あった方が良い:○ あったら良い:△ 必要ない:× 

山岳霊場の三峯神社

三峯神社の創建

三峯神社の創建について資料がなくほとんど分かっていません。三峰山の「縁起」には、「天武天皇3年(西暦699年)、伊豆に流されていた役小角(えんのおづの/おづぬ)が三峰修験の開祖となった。」と記載されています。しかし、同じような伝承が全国にも多数あり史実とは言い難い。何れにしても、平安時代に修験道が広がりを見せる中、三峰山(雲取山・妙法が岳・白岩山)も神仏習合の山岳修験の霊場として開かれていたと思われます。

秩父甲州往還

三峯神社の建つ秩父地方は、山間の中にひっそりとたたずむ集落をイメージしますが、時代を遡れば、交通の要所となっていて、縄文時代から一大文化圏を形成していました。縄文時代の生活に欠かせない黒曜石の交易などに、全国に交通網が出来上がっていたようで、少なくとも信濃の国や甲斐の国と北武蔵とを結ぶ奥秩父の山中を抜ける古道は、奈良時代には既に通じていたことが分かっています。 武州から雁坂峠を越え甲州へ通じる秩父甲州往還は、栃本の関所で十文字峠、雁坂峠、三国峠へと3方向に分れていました。これらの峠越えの道は、信州や甲州の人々にとって三峯神社への参拝道としても重要でした。

三峯神社の中興

鎌倉時代、三峯神社は関東の武将たちの信仰を得て隆盛したと見られますが、後村上天皇の正平7年(西暦1352年)新田義興・義宗等が、足利氏を討つべく兵を挙げ鎌倉を制圧したが、足利氏はすぐさま反撃に出て、義宗等を撃退します。

義興・義宗等は三峰山に籠って抵抗するが、足利氏の怒りにふれて、三峯神社は社領を奪われ、衰亡の時代が140年も続くことになります。

荒れ果てた三峰山は、室町時代後期の文亀2年(西暦1502年)に修験者の月観道満僧都によって中興されました。復興されたのは社殿ばかりでは無く、三峯神社の別当寺であった十一面観音像を本地仏とする観音院高雲寺も同様でした。明治元年の神仏分離令に伴う廃仏毀釈までは、神仏習合であり、三峯神社は観音院高雲寺の僧侶によって管理されていました。

再中興した日光法印

江戸時代には徳川家や各大名の信仰を得ることになりましたが、18世紀の初め頃一時的に衰退します。享保6年(西暦1721年)に再中興したのが日光法印です。日光法印は秩父の山中に棲息する狼を、山の神として猪などから農作物を守る「お犬」としてお札を作り、それを貸し出すこと始めました。このアイディアが大当たりし、三峯神社の名は全国に知れ渡ることになります。そして多くの禅定者が集まり、奥の院である雲取山へも登拝されたものと思われますが、痕跡は残されていません。

参照:名山の民俗史

秩父甲州往還-秩父大宮(秩父市)から荒川渓谷沿いに秩父盆地を横断し、雁坂峠を越えて甲州に入り甲府に至る街道である。

中興-一度衰えていたり途絶えた物を復興させるという意味。王朝や寺院を復興させた人物に「○○(宗)中興の祖」などのように付けられることがある。

本地仏-この世の神々は,人間を救済し済度しようとする仏や菩薩がいろいろな姿であらわれた化身,すなわち垂迹(すいじやく)身であるとし,その根本である仏・菩薩のことを本地仏という。仏も神も淵源をたずねるとみな同体であるという考え。

廃仏毀釈-仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者や寺院が受けていた特権を廃することを指す。

パワースポットの三峯神社

近年、パワースポットブームが盛んで、三峯神社は関東屈指のパワースポットとして人気が高まってきました。山々の強い気が流れ込む場所が、神社内各所にあるとされています。また、三峯神社は願望実現、仕事運、金運、あらゆる厄災を祓い、開運成就を遂げられるように御祈祷を行っています。