鍋冠山~大滝山から蝶ヶ岳ルート地図

  • 距離27.1km
  • 登り1,963m
  • 下り1,953 m

鍋冠山~大滝山から蝶ヶ岳ルートの難易度

難易度  1/10

ルート三郷スカイライン展望台(標高1,446m)⇒鍋冠林道終点(標高1,723m)⇒
鍋冠山(標高2,194m)⇒大滝山(標高2,616m)⇒蝶ヶ岳(標高2,677m)

鍋冠山~大滝山から蝶ヶ岳ルートの体力

体力  4/10  日帰り

飲料水必要量5Kgの荷物を背負う場合
体重45kgの人:2.45リットル、体重60kgの人:3.19リットル、体重75kgの人:3.92リットル
消費カロリー5Kgの荷物を背負う場合
体重45kgの人:4.557Kcal、体重60kgの人:5.924Kcal、体重75kgの人:7.291Kcal
燃焼脂肪量5Kgの荷物を背負う場合のダイエット効果
体重45kgの人:0.651kg、体重60kgの人:0.846kg、体重75kgの人:1.042kg

コースタイム

  • 登山:三郷スカイライン展望台→鍋冠山2時間55分, 鍋冠山→大滝山2時間, 大滝山→蝶ヶ岳 1時間, 合計5時間55分
  • 下山:蝶ヶ岳→大滝山1時間 ,大滝山→鍋冠山 50分 ,鍋冠山→三郷スカイライン展望台 1時間55分,合計3時間45分

山小屋

北アルプス山小屋
蝶ヶ岳ヒュッテ
蝶ヶ岳ヒュッテ
北アルプス山小屋
大滝山荘
大滝山荘

鍋冠山~大滝山から蝶ヶ岳ルート

三郷スカイライン観音木場の展望台

三郷スカイライン観音木場の展望台

登山口の三郷スカイライン観音木場の展望台へはマイカーかタクシーのみです。カーナビに本多通信工業と入れれば、そのまま直進で登山口です。トイレのある所から100メートル下流に10台ほど止められる駐車場があります。

鍋冠林道入口トイレ

鍋冠林道入口トイレ

鍋冠林道入口から50メートルほど下った所に汲み取り式トイレがあります。林道入口に3台ほどの駐車スペースがあります。

鍋冠林道入口

鍋冠林道入口

汲み取り式トイレのある所から鍋冠林道入口を撮影。1台駐車しているところの右手に林道入口があります。ここから先は、一般車は進入禁止になっていますが、ゲートまで入れます。

鍋冠林道ゲート前の駐車スペース

鍋冠林道ゲート前の駐車スペース

鍋冠林道に入り、15分ほど歩くとゲートがあります。ゲート前に3台ほど止められる駐車スペースがあります。ここまでの林道の区間はやや狭く、すれ違いが困難な場所があります。

大滝山登山道入口

大滝山登山道入口

鍋冠林道ゲートから約45分ほど歩くと、大滝山登山道入口です。この登山道は、江戸時代の文政3年(西暦1820年)岩岡村の庄屋伴次郎と共に小倉村の中田又重郎らによって作られた飛騨新道が元とになっています。詳しくは槍ヶ岳のページをご覧ください。

冷沢用水の取水口

冷沢用水の取水口

大滝山登山口を入ると直ぐに、冷沢用水の取水口あり、その由来の書かれた看板が立ち、その左隣に祠が祀られています。同時に、水場にもなっています。この先水場は無いので、十分に補給していきます。。

冷沢用水

冷沢用水

冷沢用水の水は、この上流で、湧き出しています。安曇野倉田村では、かんがい用水が不足していたため、松本藩の許可を得て、住民らが6年の歳月をかけて1817年(文化14年)に用水路を完成させました。

コメツガなどの針葉樹帯

コメツガなどの針葉樹帯

冷沢用水の登山口からシラビソ、コメツガなどの針葉樹帯の中を徐々に高度を上げて行きます。約1時間55分で鍋冠山山頂です。登山道はよく整備されて大変歩きやすい状態になっています。

鍋冠山

鍋冠山

標高2194メートルの鍋冠山山頂。山頂は平坦で樹林帯に覆われ、明確なピークはありません。道標の立つ脇に三角点が設置されています。

八丁ダルミ

八丁ダルミ

鍋冠山からゆっくりと高度を下げて行きます。山頂から2km ほど進んだ所が八丁ダルミと呼ばれる笹で覆われた鞍部です。

シラビソなどの針葉樹林帯

シラビソなどの針葉樹林帯

八丁ダルミから小さくアップダウンを繰り返し、シラビソなどが生い茂る針葉樹林帯の原生林の中を進みます。大滝山が近づくにつれ、次第に傾斜が増してきます。鍋冠山から大滝山までは2時間のコースタイムです。

ダケカンバ帯にミヤマシシウド

ダケカンバ帯にミヤマシシウド

針葉樹林帯を抜けると、ダケカンバ帯の林床に高径草原が広がり、ミヤマシシウドの白い花が辺りを埋め尽くしていました。ここから5分ほど上がった所が、常念山脈の稜線です。

ミヤマシシウド、ミヤマトリカブト、マルバダケブキなど

ミヤマシシウド、ミヤマトリカブト、マルバダケブキなど

ミヤマシシウド、ミヤマトリカブト、マルバダケブキなどの高径高山植物が咲き誇る草原を振り返って撮影。遠景に鍋冠山から連なる黒沢山辺りが見えています。ここから3分登れば、常念岳の稜線上の分岐です。

常念山脈稜線分岐

常念山脈稜線分岐

常念山脈稜線の分岐に立と、一気に展望が広がり、蝶ヶ岳の長塀尾根の先に穂高岳、蝶ヶ岳山頂の少し右手に槍の穂先が見えています。又、写真には写っていませんが、左手方向には、焼岳、霞沢岳、更にその左手に乗鞍岳、御嶽山と絶景が広がっています。分岐から左手方向に稜線を辿ると3分ほどで大滝山荘です。

大滝山北峰

大滝山北峰

稜線上の分岐から左手方向に1分程登った所に大滝山北峰があります。振り返る形で撮影しています。右手遠景には常念岳です。又、この場所は、テント場になっています。4張ほど設営可能です。ここから更に二分ほど進んだ所に、大滝山荘があります。

大滝山荘

大滝山荘

大滝山荘。定員35名ほどの小さな山小屋で、営業期間は7月18日~9月23日の約2ヶ月。繁盛期でも混雑することは無く、布団一枚に1人は確保されています。蝶ヶ岳ヒュッテまで1時間のコースタイムなので、蝶ヶ岳ヒュッテが混雑ているときは、こちらに泊まるのも一法です。

サンショウウオ

サンショウウオ

大滝山荘から歩いて3分ほど先にある大滝山南峰へ向かいます。広い稜線は線状凹地が発達し、オオシラビソの林の中に二つの池があります。オタマジャクシの様な生き物が泳いでいますが、サンショウウオの子供です。7月になるとこの池に卵を産み、9月には成長して何処と無く、姿を消します。

大滝山南峰

大滝山南峰

背の高いハイマツに覆われた大滝山南峰。東側の展望は良く、南アルプス、富士山、八ヶ岳などのパノラマが広がっています。

中村新道

中村新道

大滝山南峰からハイマツの間を少し進むと、徳本峠方面の稜線が見えます。中村新道が徳本峠と大滝山とを結んでいますが、樹林帯に覆われた、登山者の極めて少ない登山道です。右手側に落ち込んだ所が上高地です。

大滝山南峰から蝶ヶ岳へ

大滝山南峰から蝶ヶ岳へ

大滝山南峰から北峰を通過し、常念山脈稜線上の分岐まで戻って来ました。かつて僧・播隆上人も辿ったであろう稜線にロマンを覚えつつ蝶ヶ岳へ向かいます。指導標が立つ所から右手方向へ下れば鍋冠山です。正面小ピークの奥に常念岳が見えています。

丸い頂が蝶ヶ岳

丸い頂が蝶ヶ岳

左手上部の丸い頂が蝶ヶ岳です。そして稜線を右手に辿ると、どっしりと構えた常念岳が存在感溢れた姿で聳えています。蝶ヶ岳の山頂右手に槍の穂先が姿を見せています。槍ヶ岳開山を行った僧・播隆上人は、ガイド役の中田又重郎と共に登山道の無いハイマツ帯をゆっくりと下り、蝶ヶ岳を目指したのでしょう。

広々とした草原が広がる

広々とした草原が広がる

ハイマツ帯を抜けると、広々とした草原が広がります。8月12日時点でコバイケイソウの花は終わっていますが、イブキトラノオやミヤマトリカブトなどはまだ咲いています。蝶ヶ岳の左手に穂高岳、右手に槍ヶ岳です。

大滝山と蝶ヶ岳の鞍部

大滝山と蝶ヶ岳の鞍部

更に下ると、大滝山と蝶ヶ岳の鞍部です。鞍部には三つの小さな沼があり、その周辺はイブキトラノオ、モミジカラマツ、ハクサンボウフウ、サラシナショウマ、コウゾリナなどの背の高い高山植物が色とりどりの花を咲かせています。

鞍部の三つ目の沼

鞍部の三つ目の沼

鞍部にある三つ目の沼です。ダケカンバの林を抜けると、針葉樹林帯の登り返しです。

蝶ヶ岳ヒュッテまであと1kmの看板

蝶ヶ岳ヒュッテまであと1kmの看板

蝶ヶ岳ヒュッテまであと1kmの看板が下げられています。この後、針葉樹林帯から灌木帯へと変わり、蝶ヶ岳ヒュッテまであと500メートルの看板が出るとお花畑が広がります。

ウサギギクの群落

ウサギギクの群落

ウサギギクの群落。黄色や花を付けるミヤマキンポウゲ、シナノオトギリ、そしてピンク色のハクサンフウロなどがお花畑に彩を添えます。正面の丸いピークの先が蝶ヶ岳です。

三股分岐

三股分岐

高径草原が広がる所に、三股分岐があります。右手方向に下って行くと多くの登山者が使う三股登山口です。蝶ヶ岳山頂は正面V字のハイマツ帯の中を登るとあります。

三股分岐から鍋冠山

三股分岐から鍋冠山

三股分岐から振り返る。大滝山のなだらかな山頂と左手奥に鍋冠山が見えています。

砂礫の稜線に上がると一気に展望が開ける

砂礫の稜線に上がると一気に展望が開ける

砂礫の広がる稜線に上がると、一気に展望が開け、槍ヶ岳から穂高岳へ連なる大絶壁が目の前に姿を現します。蝶ヶ岳の山頂は丸く不明瞭ですが、ここから左手方向に50m ほど登った所に標高2677mと書かれた標柱が立っています。

蝶ヶ岳ヒュッテと常念岳

蝶ヶ岳ヒュッテと常念岳

稜線から蝶ヶ岳ヒュッテを写す。小屋の屋根越しに常念岳、その左手奥に大天井岳が見えています。風の強いことを示す「風食ノッチ」現象(ハイマツなどの根が剥き出しになる現象)が認められます。

槍ヶ岳

槍ヶ岳

槍ヶ岳を望遠で写す。蝶ヶ岳から槍ヶ岳を見ると、山頂から南(左手)に向かって順に殺生カール、大喰岳カール、中岳カール、天狗原カール、横尾右俣カール、大槍モレーン、ババ平モレーンなど、氷河期の痕跡をはっきりと捉えることが出来ます。

穂高連峰

穂高連峰

梓川を隔てて穂高連峰が聳えます。写真右側の落ち込んだ所が大キレット、その左側に北穂高、奥穂高、前穂高、西穂高と連なります。左端の低い山が焼岳です。

冷沢用水の由来

19世紀の江戸時代後期、当時の長尾組、上堀金の新切倉田村(現安曇野市)では、稲作に不可欠なかんがい用水が不足し、十分な収穫を得ることが出来ませんでした。地元住民は、かんがい用水を冷沢から引くこと思いつき、掘割の建設計画を1798年(寛政10年)と1810年(文化7年)の二度に渡り松本藩に陳情を繰り返します。直接松本藩と交渉にあたったのは組頭・庄屋の浅井氏でした。

住民の困窮を見かねた松本藩では、8月にこれを許可。翌年から峠を掘割り、木樋を作り、6年の歳月を費やし、遂に1817年(文化4年)に冷沢の水は安曇野の地へ流れることとなります。

同時に、倉田村では鳥川よりの水利権を獲得します。十分な量のかんがい用水を得たことで、周辺の田畑と同等の収穫量となっていきます。以来、江戸末期から明治・大正・昭和と管理されて来ましたが、大東亜戦争時には木桶の腐食を修理する人手が足りず、各所に漏水が発生します。

昭和33年に29年災害復旧事業として取水堰堤を新規に作成し、木桶の腐食の無い金属製の送水管に変えて、900mに渡り山の中に埋設して直接小野沢へ放流するようにしました。更に、昭和38年に災害復旧事業としてナメトコ沢より新規に取水工事を行い、送水施設も一新しました。その後、台風などによりたびたび送水管の破損が生じたため、昭和59年より県単土地改良事業でこれを修理し、冷沢の水は再び安曇野へ流れるようになりました。

蝶ヶ岳の他の登山ルート

蝶ヶ岳
蝶ヶ岳・三股登山ルート
蝶ヶ岳三股ルート
蝶ヶ岳
上高地・徳沢から蝶ヶ岳
上高地・徳沢から蝶ヶ岳

Follow me!